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アイルランドから来た司祭
An Anglican Priest from Ireland

その人はアイルランド伝統典礼教会の司祭であり,カトリックには馴染めない人であった。在日37年、ある国立大学の英文学関係の教授であった。彼とのこの20年ほどの親しい交わりの中で、彼から教えられ、学んだことは実に大きい。

或る年の教会会議のために、一緒にオーストラリアのホテルに泊まった時、彼は毎朝、庭のあずま屋で独りで、朝の礼拝を欠かさずにささげていた。その様子は楽しそうであった。彼は、Book of Common Prayer の朝・夕の礼拝をこよなく愛し、誇りをもって行っていた人である。人知れずに行うその姿は印象深く今でも忘れられないものであり、わたしに英国教会の福音主義の伝統をあらためて伝えるものだった。言うまでもなく、彼は聖餐に対しての深い敬虔も抱いている人であった。

ある時、彼は、ティンダルについて、自分の主宰する集まりで話すようにと私にすすめた。彼自身が今、非常に興味深く読んでいるから、私にもすこし学んで何かを話すように、ということであった。入門的な話しか出来ないとお断りした上で、私は、3カ月ほどいろいろ調べ、興味深く学ばせて頂いた。

ティンダルの、原語(ヘブライ語、ギリシャ語)から英語への翻訳にからむ様々の出来事、迫害、国外追放、その後のイギリスにおける聖書翻訳の皮肉な歴史の跡を少し知ることができ、併せて。支那そして日本における翻訳の歴史を概観させて頂いた。聖書の翻訳とは、聖書解釈であり、説教でもあることを改めて知らされた。そして、日本における翻訳には、幕末明治期以来の宣教師たちの並々ならぬ翻訳の努力、またそれ以前の、支那における宣教と翻訳の歴史、そこでは殊に、イエズス会以来のカトリックの業績と近世プロテスタントの業績がたがいに排除し合うこと無く一つのものとして貢献してきたこと、例えばGodを「天主」か「上帝」か、どのように訳すか、などを感銘深く学ぶことが出来た。わたしにそれを薦めたその人は、良き教育者でもあったのである。

彼は大学のある豊橋に住み、学生たちだけではなく、以前、或る宣教師がしていた聖書勉強会を継承し、家庭婦人や青年たちのためのバイブルクラスにも力をつくした。また、地域の貧しい人たちのためのヴォランティア活動にも協力した。その学識と人柄のゆえに多くの心ある人たちが育ち、同じ大学の教師たちにも聖職者としての良い働きを残された。

その人は、聖職になる前は、香港に住み、香港上海銀行で働いておられたがその時期に伝統典礼アイルランド教会の司祭按手を受けられた。そして大学教師として来日し、日本で26年間働き、定年のために退職、この4月初めにイギリス(コンウオール)に帰られる。その人は、アイルランド、ダブリン大学で学んだRev'd Prof. Ivan Cosby司祭アイヴァン・コスビー教授である。アイヴァンとはヨハネの意味である。

その人は、巡礼者である。ケルト的な修道者である。かつて古代に、アレクサンドリアから地中海を渡ってイベリヤ半島南岸に着き、川を逆上り、舟を担いで山を越え、大西洋に出て、再び海を渡りアイルランドに辿りついた修道士たちについて、また同じ伝統が中央アジアを経て中国に伝わったことを、彼は熱く語るが、彼自身がその精神を受け継ぐ巡礼者であると思えてならない。

私はサヨナラを言わないでおきたい。イギリスでの新しいお働きの上に御祝福を祈るのみである。



ラファエル梶原史朗 (2016・3・31)




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