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司牧のことば • Pastoral Messages
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司牧の言葉 Pastoral Message

わたしたちの使命 --ミューラー大司教の言葉をよすがとして--
Our Calling as the Personal Ordinariate members
--From the Words of Archbishop Mueller--
ラファエル梶原史朗

まず、私たちの歩みをすこし振り返ってみましょう。

聖公会は、歴史的に使徒的継承(主教、司祭制)を大切に保ってきた教会でしたが、1992年に使徒的司祭職に変更を加えることによって道を誤り、さらに本年、2015年に至っては遂にその変更を主教職に及ぼし、今までの伝統的な男性聖職制とは全く違った道を選んでしまいました。それは、性別、結婚に関する教理上の現在陥っている大きな混乱と同じ根から生まれたものでした。しかしこれを指導して来た人々は、これを信仰、伝承の当然の正しい現代化である、として自らを正当化しています。

また、その動向に同調できない人々の中でも、聖公会は大きいのだから、大いなる教会の中に忍耐をもって耐えて行くことが、聖公会信仰の真髄である、と信じている人々が多いことと思います。

他方、そのような流れを容認すべきではないと考え、上記のような決定は、普遍の教会の使徒的伝承に対して誤った変更を加えるものであると考える人々は、この混乱を救い、出来れば今までの聖公会の伝承を持ったままローマの使徒座との交わりに入れられる道を開いて欲しいと、使徒座に請願をしました。

それに応えて、教皇ベネディクト16世の名によって発布されたのが、教会憲章『聖公会の人々(私訳)』であり、『属人区・オーディナリアート』の設立だったのです。

では、この属人区に属するわたしたちに求められている、あるいは、神から与えられている使命とは、どのようなものでしょうか。

大局的にみれば、それは、世界の3つの属人区が、私たちが今まで聖公会という土壌の中で受け継いで来た礼拝、礼拝音楽、朝夕の礼拝、聖書への姿勢、霊性などを捨て去るのではなく、それらを用いてカトリック教会の新しい充実・充満のために寄与し続けるように、ということです。これが、教皇様が心のうちに描かれた教会一致という幻への具体的かつ確実な道なのであった、と思われます。

また、南十字星の聖母の属人区の属する私たち聖オーガスチン日本語会衆として見ればどうでしょうか。

それは、私たちが、カトリック教区のミサに与かるとともに、属人区用の公認ミサにも与かること、カトリックと同じ源に発する日本聖公会祈?書の朝・夕の礼拝をささげること、などです。

ここでわたしたちが自ら十分に気をつけなければならないことは、属人区への責任を持つ教理省の大司教ミューラ?長官から頂いた二つの誘惑への注意です。

一つは、私たちが初めからカトリックであったかのように思って、カトリック教会の中に全く溶け込んで姿を見えなくしてしまうことです。もう一つは、いつまでたっても自分たちだけの壁を作って孤立し、全く融合しようとしないことです。このいずれもが、教会憲章のうちに現わされた神の深い御心に沿うことにはならないのです。

わたしたちの道は、カトリック教会の中で、聖霊の御導きに従って、主キリストの願われた教会の一致を心にはっきりと願って、結果を一切問うことをせず、他のカトリック兄弟姉妹とともに巡礼者として、ともに歩いて行くことなのであります。

そこで、具体的に私の最も強調したいことは、朝夕の祈り、またキリストの尊いミサの中で、私たちが今までに出会ったすべての人たち、そしてこれから出会うすべての人達のために、名をあげて祈り続けて行くことです。そして、この傷ついた世界の全ての人々、ことに差別されている人、侮辱されている人、難しい病気を抱えている人、住む家も仕事も無い人、国を追われている人々、日々の食べ物に欠ける人々のために、キリストによって、キリストとともに、祈り続けて行くということです。それが、巡礼者としてのわたしたちの基本の使命なのではないでしょうか。 身に余る大きなことを求めず、何もできなくても落胆せず、カトリック教会の中に入れられたことを主に感謝し、人のために祈るということは、主から与えられた大仕事(おおしごと)です。喜びのうちに、日々、努めて参りましょう。

2015年.洗礼者聖ヨハネ誕生日





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